伊勢神宮〜奥伊勢・瀧原宮

12月8日は、年に一度の伊勢神宮参拝。

外宮、内宮、猿田彦神社、そして、少し距離はありますが、奥伊勢・瀧原宮へ。

伊勢神宮(外宮・内宮)

内宮

猿田彦神社

内宮に近くにある猿田彦神社境内の佐瑠女神社。御祭神は「天宇受賣命(アメノウズメノミコト)芸能の神様としても知られています。

哲行(みちひらき)の神様の御坐す猿田彦神社。

古殿地。昭和11年に今の位置に本殿ができるまではこの位置に旧の本殿があったそうです。方角が書かれていて、まさに道しるべです。

本殿裏にある御神田。毎年5月5日には豊作をお祈りしてのお祭り「御神田祭」が行われる。

瀧原宮(たきはらのみや)

こちらは奥伊勢、元伊勢と言われ天照大神が現在の伊勢神宮内宮に鎮座されるまで、

こちらに祀られていたということで、遥宮(とおのみや)とも言われています。

御祭神はもちろん天照坐皇大御神御魂。

さすが奥地なだけあって、人気が少ない。午後にも関わらず、私一人になれる時間がありました。

内宮の雛形になったと言われるだけあって、境内の形は、現内宮とそっくり。

本殿の前でひとり数分、手を合わせながら何も考えず時間を過ごせました。

 

 

瀧原宮ほか、玉置神社、天川弁財天、高野山、などは長野の分杭峠などと同様日本最大の断層・中央構造線の上にあり、

二つの地層がぶつかり合うためエネルギーが凝縮された場所で「ゼロ磁場」と言われているそうです。

余談ですが、2013年にチャリンコでフォッサマグナ西端(糸魚川静岡線)で横断したので、

日本の主な断層はすべて網羅したことになります(笑)

特に伊勢神宮は、もちろん、外宮・内宮も好きですが、日中は観光客が多いので、本来の静寂で清々しい空気感を感じるのが難しい。

それもあって混雑を避けるために早朝に行くか、ないしは、奥伊勢の瀧原宮に行くようにしています。

瀧原宮は奥地にあるのでいつもひと気が少ないし、さすがに伊勢神宮・内宮の静まりかえった早朝の空気を感じたい方は、個人的にこちらをお勧めしたいと思います。

この日もお昼くらいに参りましたが、他の参拝客も数人くらいしかおらず、本殿の前で手を合わせながらしばし一人静寂の時間を過ごすことができました。

熊野三山なら玉置神社、伊勢神宮なら瀧原宮、天川弁財天なら弥山というように、奥宮まで参るのが好きです。

ちなみに、瀧原宮への道中、お猿さんと遭遇しました。

猿は厄祓いの意味もあるそうで、今年本厄の年の私にとっては縁起のいいことづくめの1日でした。

 

 

私たち人間が物と事、つまり、空間と時間の中で生きている以上、

自己という存在を自証するためにも、自分の両親、生まれ育った地域、国は、

自分だけに与えられた、その自分を証明するための外的な情報データでもあります。

免許証や保健証にも記載される事項でありますが、これらは本人にとって生まれたこの瞬間からその関係性は切っても切り離せないもの。

相対的な自分のデータを洗い出すことで、自分に与えられている「分際」「分度」が確認できるのだと思います。

人生に、仕事に、経営にと方向づけをしていくうえでは必ず、

自己の位相(環境・境遇)、すなわち、生まれた国、地域、家を省みることになります。

とりわけ若い人にこそありがちかもしれませんが、

理想のあり方である理念や、その将来像であるビジョン、

経営の位相ともいうべき事業ドメインや戦略ポジショニングを考える際も、

やりたいことやまだ見ぬ未来というものばかりに気持ちがとらわれてしまい、

かえって地の足のつかないもの、ができてしまうということがあります。

なぜそうなるかと鑑みるに、祖先との関係性や、もっと先の人間が生物として存在し、

人身を受けている根拠となっている宇宙の無限のはたらき、恩恵とのつながりがイメージできていないということは、

確実に証明された「自己」という立場が認識できないため、現実と乖離した実効性・実践性に低い計画ができてしまい、

今目の前の行為一挙手一投足に魂が乗らなくなってしまうのではないかと思います。

「心ここに在らず」ということですね。

掃除ひとつにしても、「やらされ仕事」になってしまうのは、

自分のやっていることが他人事として自己完結しているかもしれません。

自分の人生が自分にしかないものであり、他人には代替できないという自覚があれば、

掃除のような誰でもできるような小さなことすらできないのに、

他のことができるわけがないということが見えてくるので、「やらされ仕事」になる理由がなくなってくるのです。

真の自己革新には、まさに自己確信、自己のルーツをたどり、

歴史、東西の文化を知りつつも、自己の位相を知っていくという作業も必要になってくるのではないでしょうか。

これまで経営コンサルタントとして顧客と関わり、

その会社さんならではの経営理念やビジョンをつくるという作業を行ってきた中で自覚していったことでもありますが、

経営の成果を図る上でもちろん、戦略、戦術といったことも大切ですが、

四書五経の大学の教え「物に本末有り、事に終始あり」とあるように

付加価値創造の源泉である自分達にしかできないこと、つまり独自性を発見して行くためには、

結局のところ、その本となるこの点に目を向けることが肝心になってくると感じています。

そのために、日本人の魂の故郷とも言える伊勢神宮に参ることはとても有意義なことだと思っています。

昔なら一生に一度ともいわれたお伊勢参りですが、こうして定期的に参詣できるのは近代文明の恩恵でもあります。

本当に有難いことですね。

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