【立甲】子どもの身体感覚

子どもの発育の過程を間近で見ていると、いろんな気づきがあります。

何気なく息子(6歳)がやっていた立甲。

肩甲骨がよく動いています。

立甲は、自律神経を調え、血流を良くし健康面でもとてもいいと言われています。

体全体を扱うのが長けている古武術の達人たちは、立甲も当然のごとくできると言いますが、何も達人だけの専売特許ではなく幼い子供なら普通にできたりします。

私たちにとって本当に大切なことは、何か新たに外から付け加えなくてもすでに子どものころにすでにできていたりするのです。日頃から身心をちゃんとメンテナンスをしていかないと、歳をとればとるほど本来の姿から離れていく、といった方がいいのかもしれません。

実際、経営コンサルティングの業務では当然、経営者の方々と一対一で接することになるのですが、その経営者さんの身体(姿勢や呼吸)の状態が心をつくっているんだなと思わされることは今も多々あります。

主催して早6年になる坐禅会でも、県内外から多くの方がお越しになられましたが、その方の現況を伺うと実績と坐相に相関関係があるのではないか?ということもあります。つまり、いい姿勢、いい呼吸、ができている方は不思議と成績もいい。

私ごときがこんな風に語ると偉そうな言い回しに聞こえるかもしれませんが、日本が長年経済全体も閉塞感が漂い、改革やイノベーションが声高に叫ばれども実態はというと旧態依然のまま根本的な改善が見られない、とは一国民として感じることはあります。

1億人超の大所帯の日本を制度面で新しい方向に舵を切るのが難しいというのもあるでしょうが、根本改善が見られない理由は、個人という単位にまでさかのぼるとPCなどのデスクワークが増え運動不足で身体も心もガチガチの人がどんどん増えているからなのかもしれません。利便性を向上させるはずのツール諸々がかえって生産性を下げている、本末転倒のような。

仮にそのガチガチの人々が、自らの幼少期のような身体感覚を取り戻せば、どうなるだろう?

少なくとも今よりは明るい方向に行くような気がします。

生活習慣病も減り、莫大な医療費も削減できることはもちろん、

何より、健全な身体から健全な思考が生まれれば、

より健全に社会と向き合うことができるでしょうから。

戦後の成長を遂げ、国全体の経済規模としては世界トップクラスになった国・日本、

長年アメリカを次ぐGDP2位だったその座は中国に移り、

今後もますます人口の多いアジアに経済がシフトしていくわけで、

それゆえに全体規模の大きさよりも実質的な

一人当たりの豊かさや幸せが問われるようになってきました。

国連が発表する世界幸福度調査でも日本は先進国で順位が低く、そのボトルネックに「寛容さ」という要素があると言われています。

寛容さ、つまり、他者を許し、受容していく心の部分ですが、身心一如と考えると、身体が柔らかくなれば今より少し物事を柔軟に捉えることができ、他者との関係においてもガチガチに理論武装せずにフランクな関係が築けて風通しが良くなるような気がします。その柔軟性がものづくりやサービスへの伸びしろになり、そこに新しい潮流が生まれるということはあるかもしれません。

 

先人たちの礎の上に立たせていただいている私たちが、次世代のためにより幸せな社会を守っていくためには、

ちょっと遠回りに感じるかもしれないですが一人一人が一度立ち止まり、

(健康診断とは別の領域で)忙しいを言い訳に蔑ろになりがちな自己の身心に眼を向け、

耳を傾け、ボタンを掛け違えていないかチェックすることは結局のところ最も近回りなのかもしれません。

 

加齢は生きている以上定めであり、

残念ながら子どものころに戻れるわけではありませんが、

せめて子どもを見ながら本来の柔軟性、この初心(身)を忘れないでおきたいものです。

 

子どもの発育過程の流れの中で気づかされることが多くあるので、

この限られた期間が人間探究にも濃い時間になっている気がします。

 

「学ぶことの少ない人は、牛のように老いる。 彼の肉は増えるが、彼の智慧は増えない。」ダンマパダ ブッダの真理の言葉/感興の言葉 中村元訳 岩波文庫

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